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2013年12月01日

『親孝行したい時に親はなし』

ずいぶん前からブログにも時々書いて来た言葉。

『親孝行したい時に親はなし』

これは、中学3年の時に担任の先生から教えられました。





私は中2の時に原因不明の病気に掛かり、医大で検査と治療の日々・・・
それまでは小学生から柔道を続けていましたし、中学ではバドミントン部、普通に運動もこなしていたんです。

なんとなく風邪を引き易くなったのが始まりで、37.5度前後の微熱が続き、頭は鈍い痛みが止む事はなく、気力も体力も一気に落ち込みました。

検査をしてみたら、血液中の免疫が異常に低下していたのですが、原因が分からず、このままだと無菌室へ入らなければならないかも知れないと言われました。

医大に入院中はほとんど毎日、母が付き添ってくれていて、退院後も学校へ行けるような時には送迎をしてくれていました。
3年生の進路相談では商業高校への進学を望んだ私。

当時自営業をしていた父の手伝いをしたいと言う強い気持ちがあったのですが、病気を理由に担任から進学を諦めるように言われてしまいました・・・

当然受け入れられず、母に向かって「死にたい」と禁句を発してしまったんです。
その時、母に思いっきり引っ叩かれて、

「あんたを産んだのは私よっ!!!!!」

と言われて大泣きされました。
私はあの時初めて、自分が母の分身であることを理解したような気がします。

通信制高校に通い始めて1年は、体調が上手くコントロール出来ずに遊んでばかりでしたけど、2年生からはパートの仕事をしながら通い、卒業前には夜間に歯科事務の資格を取るために学校へ通いました。

歯科医院に勤務して、結婚して、ようやく母にも親孝行出来るかな?
なんて思っていた矢先、亡なるなんて思いもしませんでした。

その時に中学の担任の言葉を思い出して、当時のことや高校生活、今は元気に暮らせている事など、感謝の言葉を添えて手紙を書いたんです。

先生は便箋に何枚もの励ましの言葉を返してくださいました。
それからずっと、温かい言葉が添えられた年賀状が届くのが毎年楽しみでした・・・

先日、旦那さん宛に届いた喪中ハガキ。
ふと見ると私の担任の先生の奥さまから、「主人が5月に永眠しました」と書かれていました。

思えば去年から宛名が旦那さんの名前になり、いつも添えられていた言葉はありませんでした。
気掛かりではあったのに、連絡しなかった事をとても後悔したのですが、
「来年度産のマンゴーが収穫出来たら真っ先に先生の元へお届けしよう・・・」
そう思ったら、少し気持ちを持ち直す事が出来ました。



藤藪先生、本当に長い間、お世話になりました。。。





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Posted by 幸せうさぎ at 15:47 │健康

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